毒を食らわば皿まで 前-by Side Kyoko-

本屋で、手作りチョコレートを作る本を見に来て、蓮が表紙の雑誌に気づいて買うべく一冊手に取り、これだけ買ったら、まるで蓮が好きと言っているみたいで嫌だわ、と思い、蓮の雑誌を一度置いて、その横にある雑誌を手にした。

――恋は媚薬とかいうけど、恋なんて毒になっても薬になんて到底ならないんですけど!!ていうか媚薬って事は人をたぶらかして堕落させる毒でしょ?

いらいらいら、と、しながら、「恋は美薬特集」と当て字にして書かれたお姉さん雑誌を閉じて、ついつい心の中で欲求不満のはけ口に毒づく。誰かに何かに、恋をすると綺麗になる、綺麗になろうとするから、女性にとっても男性にとっても恋心は美薬なのだそうだ。しかしその偽薬のせいで、人生散々振り回されてきた身にとって、恋の薬とは自分を弱体化させられるような物にしかならないようにも思えた。

――今まで自我を殺してまで相手に尽くして恋をしてきたけど、腹が立つから、どうかしら、セクシー美女とかになるとか、ファッションリーダーになるように、改めて変身してみるとか。あくまで仕事としてならそれも出来そうだし・・・メイクの仕方習えば仕事にも役立つと思うし。

――この雑誌にそんな事も書いてあったわね。セッちゃんみたいに変身するって意外と気持ちが変わって、プライベートで出かけるときにするのもたまにはいいのかも・・・

と、恋は美薬効果がある事を、キョーコは実際証明しそうな勢いで、結局はその雑誌も蓮の雑誌と共に購入した。散々な数の理由を心に浮かべて・・・。

大体、普段は忘れようと思って仕事さえあれば忘れている事が出来るのに、節分の日、奏江の家族のためにプレゼントに作った山のような太巻きが入った袋を渡した時に一言、ふと、もう2月なのね、と言われて、蓮の誕生日があと一週間、バレンタインという日もセットで一週間半、と気づく。そうすると、当然ながらしばらくの間は蓮の事を意識しなくても、思い出してしまう。

――隠し通したいし、電話したら会いたくなるし、理由無く連絡するのはしばらくやめておこう・・・・

チョコレートを溶かし、成形しながら、ぼんやりと蓮の事ばかり考えていた。仕方なく、と、心で思いながら、本心では、本当に渡したい。いつも良くして下さるお礼に、と、義理堅いような事を思った所で、本心は義理チョコでは無い。いくつも理由や言い訳を並べたって、本心はいつも正直に蓮への気持ちを頭に教えてくれる。

恋の薬はいつもこんなに心臓が痛い。恋という形が体の中にある事に気づいた瞬間に、失恋している事も知っているというこの不毛さ。余計に心身共に痛い。すっかり恋の毒は、全身に巡っている。一生、そばにいて蓮のやさしさという毒をいやしくこっそりと食べ続けようとしているのだから、最早それならば、毒を食らわば皿まで、相手から奪う事を考えたっていいのではないか。

――いらいらいらいら・・・・

――蓮という存在はどうしてみたって手に入らないのだから・・・結婚する前に、相手から奪う努力をして悪あがきしてみてもいいと思うのですけど

――どうして毎回本当に腹立つぐらいどうにもならない男ばかり好きになるのかしら・・・・

蓮のバースデーとバレンタインデーは会えないだろう事は分かっていた。でも、何となくチョコレートは渡しておきたくて、事務所で蓮にでも会えれば早めにでも渡しておきたい、と、バッグに忍ばせたものの、やはり会う事はなかった。

作った時に感じた、奪ってでも、というような気持ちも、毎年のごとく事務所に積みあがる蓮へのプレゼントやチョコレートの箱の山を見て、日本全国世界中から届くそれに、とても無謀な気持ちな気がした。

そもそも蓮の幸せを一番に願っていると思いながら自分のことばかり考えるし、恋なんて自分勝手な感情で、蓮の人生を振り回すわけにも・・・とつい考えて、いつものごとく、自我を滅している事に気づく。でも、自我を滅してでも、蓮が選ぶ道が、少しでも幸せならばいい。それと同時に、誰かから奪い取りたい気持ちとが存在する矛盾。

恋など何度しても自分の存在などちっぽけに思えてきて、作った完全なる本命へのチョコレートを、蓮へのチョコレートの箱が山ほど並ぶその部屋の隅に、ぽん、と、置いた。名前も書かなかったし、しかも手作り、例え中身を見た所で、凝り過ぎたその様子だけで気分の悪さと気持ち悪さを覚える程度だろう。恐らくは気づく事も無いだろうし、見ることも無いだろう。気持ちを伝える事で今できるのは、これが関の山だわ、とキョーコは思った。

数日後。

蓮の誕生日、蓮へせめてお祝いの電話でもしたいと願ったけれども、大事な人といる時でも困るからと、結局何もする事は無かった。けれども、蓮から電話がかかってきて、キョーコは願ったお祝いの言葉を伝える事が出来た。

チョコレートを、蓮宛の荷物の部屋に置いてある事は当然言わなかった。言ったらきっと、怒るだろう。どうして、直接渡してくれなかった、と。でも、二人きりになってまで渡す勇気が無かっただけだ。

「お誕生日、おめでとうございます」
「どうもありがとう」
「あの・・・どうされましたか?」
「お願いがあるんだけど」
「はい」
「ペンと紙を用意してくれない?何て読むか教えて欲しいんだけど」

蓮がそう言うからペンを用意して、蓮が言うとおりに紙に書いた。
餞、という字だった。

「これは、はなむけ、と読むんです」
「そうなんだ・・・せん、かと思った」
「合っていますよ?せんべつ、の、せん、ですから。一文字のはなむけ、は、お祝い、という意味です。敦賀さんへのお誕生日プレゼントにでも書かれていましたか?」
「うん」
「そうですか、良かったですね、お祝い」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

蓮が無言になるから、キョーコも黙る。
電話先で蓮がしばらく無言になった。
「あの?」とキョーコが促しても、蓮は無言だった。

「あのさ」
「はい?」
「いや、いい。何でもない。もうこっちに帰ってきたから、また事務所寄った時はそっちのラブミー部の部屋にも寄るよ。いる?」
「あ、ええ、はい。いつでもどうぞ。お待ちしてます」
「じゃあね、おやすみ」
「おやすみなさい」

キョーコは携帯を置くとすぐに、明かりを消して布団にもぐりこんだ。

蓮の誕生日に願ったとおり、話す事が出来て、お祝いを伝える事が出来た。でも、一つずつ、蓮の口から聞くといやで、聞きたくなくて、喜べなくて、だから自分が自分で嫌になる気持ちが増える。わざわざ気にする程の誰かから蓮へのプレゼントに嫉妬してみたり。せっかく電話ができたのに。


蓮はそんな事も気にする事無く何気なく気になった文字があったから、聞きやすい人間に電話をしてきたのだろう。そんな事を思ったらきりがない。あのプレゼントの山も、毎年の芸能人からのプレゼントの山も、仕事場での女優さんたちの蓮への対応も含め、どうにもならない人だといつも思う。

いつか、この恋心さえも別れる日が来るのかもしれないのだから、せめてこんな毒にも薬にもならないような感情と一生付き合う覚悟があるなら、その気持ちのエネルギーを何かもっといい事に変えたいではないか。毒を食らわば皿まで、ならば、毒を持って毒を制すべきだ。


でもどんなに、どんなに自分の気持ちを悟られないように、気持ちを膨らませすぎて暴走しないように、心の中で毒づいてみたり、ストップをかけてみたとしても。




――敦賀さんが、好き




心の中のそのたった一つの言葉で、それらの心への蓋や鍵はすぐに吹き飛ばされて、その後に残る恋の媚薬が、体の中を巡る。

――敦賀さんが私を選ばなかった事を後悔させるくらい、誰よりも綺麗になってみせるんだから・・・・

時計を見れば11時前。明日に向けて休まなければいい仕事ができない。

キョーコは、すぐに目を閉じた。





2015.2.10


Happy Birthday Ren!